遺産分割協議書に、相続人全員の署名と実印が必要だと聞いて、身構えている方もいるかもしれません。ですが、協議がすぐに進まないのは珍しいことではありません。
未成年者がいる、連絡が取れない相続人がいる、認知症の家族がいる。こうした事情は、誰にでも起こり得るものです。不幸な話として捉える必要はありません。


孫がまだ未成年なんです。遺産分割協議って、子どもも一緒に判子を押さないといけないんでしょうか。どう進めればいいのか分かりません。
誤解その1|「全員の署名があれば進む」とは限らない
遺産分割協議書のひな型を見ると、相続人全員が署名・捺印する欄があるだけに見えます。ですが、署名欄が埋まることと、その署名が法的に有効であることは別の話です。
未成年者は、自分の判断で遺産分割協議に加わることができません。親権者が代わりに署名すればよいと思われがちですが、親自身も相続人である場合は、それができません。
親と子が同じ遺産分割の中で利害が対立する関係にあるためです。裁判所の案内では、これを「利益相反行為」と呼んでいます(出典:裁判所「特別代理人選任(親権者とその子との利益相反の場合)」)。
誤解その2|「連絡がつかないなら、その人を除いて進めればいい」は誤り
相続人の中に、長く連絡が取れない人がいる場合も同じです。その人を除外して協議を成立させることはできません。
遺産分割協議は、相続人全員が参加して初めて成立します。一人でも欠けた協議書は、法的に効力を持ちません。
認知症などで判断能力が低下している相続人についても、本人に署名してもらうだけでは済みません。本人が内容を理解し、判断できる状態であることが前提になるためです。


なぜ止まるのか|「代わりに署名する人」を家庭裁判所が選ぶ構造
遺産分割協議が進まない背景には、共通した構造があります。署名できない相続人がいる場合、本人の代わりに判断する人を、家庭裁判所が選ぶという手続きが間に入るのです。
未成年者の場合は「特別代理人」です。親権者が特別代理人の選任を家庭裁判所に申し立てます。申立先は子の住所地の家庭裁判所で、費用は収入印紙800円分(子1人につき)です(出典:裁判所「特別代理人選任(親権者とその子との利益相反の場合)」)。
申立てには、未成年者の戸籍謄本、親権者の戸籍謄本、特別代理人候補者の住民票または戸籍附票、そして遺産分割協議書案などの利益相反に関する資料が必要です(出典:同資料)。候補者は申立人側で立てる形になります。
行方不明の相続人がいる場合は、別の制度が関わってきます。不在者財産管理人を選任し、その管理人が遺産分割をするには、さらに家庭裁判所の許可が必要になります。
認知症などで判断能力が低下している相続人がいる場合は、成年後見制度を使うことになります。保佐人・補助人がついている場合は、遺産分割についての代理権付与の審判が別途必要になる点に注意が必要です。
図:署名できない相続人がいるときの進み方
| ① 相続人を確定する | 戸籍をたどって相続人全員を把握する |
| ② 署名できない人を見極める | 未成年・行方不明・判断能力の低下がないか確認する |
| ③ 家庭裁判所に申し立てる | 特別代理人・不在者財産管理人・成年後見人などの選任を申し立てる(親権者・利害関係人などが申立人) |
| ④ 選任・審判を待つ | 家庭裁判所が審理し、選任や許可の判断を行う |
| ⑤ 遺産分割協議を進める | 選任された代理人等を含めて全員で協議書に署名する |



見落とされやすいのは「候補者」の部分です
特別代理人の申立てでは、候補者を自分たちで立てる必要があります。親族を候補にすることもできますが、遺産分割協議書案など利益相反に関する資料を添えて、家庭裁判所に判断してもらう形になります。保佐人・補助人がついている場合の代理権付与も、見落とされがちな一手間です。思い当たる方は、早めに家庭裁判所や司法書士、弁護士に相談先を確認しておくと安心です。
今できること|相続人を確定し、止まる要因を先に洗い出す
まず取りかかれるのは、相続人を確定する作業です。戸籍を集めて、誰が相続人にあたるのかをはっきりさせます。
その中で、未成年者がいないか、連絡の取れない人がいないか、判断能力に不安のある人がいないかを確認します。これが分かれば、どの手続きが必要になるかが見えてきます。
未成年者がいる場合は、子の住所地の家庭裁判所に特別代理人選任の申立てをすることになります。申立書の書式と記入例は、裁判所のサイトで公開されています(出典:裁判所「特別代理人選任の申立書(遺産分割協議)」)。
行方不明者や認知症の相続人がいる場合も、それぞれの制度で申立先や必要書類が変わります。自治体や家庭裁判所によって案内の仕方が異なることもあるため、早い段階で申立先の家庭裁判所に確認しておくと手戻りが少なくなります。
成年後見制度については、できることとできないことが分かれています。詳しくは成年後見人がついても、できないことがある|法定後見と任意後見の分かれ道で整理しています。遺産分割協議そのものの進め方は遺産分割協議の進め方|もめないための基礎知識も参考になります。
よくある質問


思ったより手続きが多いんですね。でも、何から確認すればいいか分かってきました。



まずは相続人の確定から
焦って協議書を作る前に、相続人を確定し、署名できない人がいないかを確かめることが先です。そこさえ押さえれば、あとは制度に沿って一つずつ進めるだけです。
まとめ|止まっているのではなく、順番を踏んでいる
遺産分割協議が進まないのは、怠けているからでも、揉めているからでもありません。署名できない相続人がいる場合、家庭裁判所に代わりの人を選んでもらう手続きが、間に入っているだけです。
未成年者なら特別代理人、行方不明者なら不在者財産管理人、認知症などの事情があれば成年後見制度。それぞれ申立先や必要書類が異なります。早い段階で相続人を確定し、どの制度が必要かを見極めることが、結果的に近道になります。
無料・10の質問・約2分・名前の入力なし
あなたの「相続・お金のそなえ」は何点?
「はい・いいえ・わからない」で答えるだけで、いまの準備の進み具合が点数で分かります。点数に合わせて、次に読んでおきたい記事もご案内します。
相続・お金そなえ度チェックをはじめる参考・出典
- 裁判所「特別代理人選任(親権者とその子との利益相反の場合)」 https://www.courts.go.jp/saiban/syurui/syurui_kazi/kazi_06_11/index.html
- 裁判所「特別代理人選任の申立書(遺産分割協議)」 https://www.courts.go.jp/saiban/syosiki/syosiki_kazisinpan/syosiki_01_11/index.html


